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zoom RSS 本当にやばい時

<<   作成日時 : 2006/02/01 23:40   >>

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「『本当にやばい時、この人が何とかしてくれる』という安心感がないと、リーダーシップは発揮できない・・・」。
NGO「ピース ウィンズ・ジャパン」のコーディネーターをしている岸谷美穂さんの言葉が新聞に載っていた。イラクで避難民を支援する現地スタッフとして働いた体験が新聞で連載中だ。
現地スタッフの日本人は自分一人だけで、しかも現場の責任者をしておられた。立場の違い、文化・言葉の違い、支援する側の異国人と支援される側であるイラク人の違いなどを考えれば、リーダーシップを発揮することは、大変な苦労だったろうと思う。こんなことが書かれていた。現地人スタッフは自分の出身地を優先して支援事業をやりたいと相談に来る。しかし、責任者としては私情を入れて動くわけにはいかないので、NOと答えなければならない。相談に来たスタッフは、「あなたなら分かってもらえると思ったのに」と非常に憤慨するそうだ。だが、岸谷さんは本当に必要なことならどんなことをしても力になったそうだ。イラク国内で治療できない病気の女性が出て、イラク復興のために欠かせない人物との判断から、特別に団体で渡航費と治療費を負担したという。そんな体験から冒頭の言葉がある。人々をまとめたり、グループの責任を負ったりする立場にある者にとって、考えさせられる言葉だ。私も牧師として教えられ、反省させられる。
ところで、新聞記事から話題は離れますが、「本当にやばい時」、この人なら絶対に何とかしてくれると頼れる存在など、この世に本当にあるだろうか。子どもにとって親はそういう存在だろうけど、それもある時期までで、中学生や高校生にもなれば、この世の厳しさもある程度理解していて、親に万能の力がないことは知っている。たとえ自分の味方になってくれて、本気で力になってくれる人がいたとしても、お互い人間なのだから絶対的な力などないのだ。
だが、「本当にやばい時」に何とかしてくれる存在を知っている。それはイエス・キリストだ。クリスチャンも生きる上で、自分のなすべきことは自分の力でやっていかなければならない。でも人生には、病気にしろ、子育てにしろ、仕事にしろ、挫折や失敗、行き詰まりなど、自分の力ではどうすることもできない「本当にやばい時」がある。そんな時、イエス・キリストに祈り、祈りの中で、「何とかしてくれるという安心感」を心に与えられて、希望を取り戻し、元気を取り戻し、立ち上がることができる。だからパウロという人はこう言った。「私たちは、四方八方から苦しめられますが、窮することはありません。途方にくれていますが、行きづまることはありません。迫害されていますが、見捨てられることはありません。倒されますが、滅びません」。究極的な頼れる存在をもっている。これが信仰の世界であり、信仰の力です。しかも決して気休めや一時しのぎではない本物なのです。

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