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zoom RSS 聖金曜日にDVD「パッション」を見ました

<<   作成日時 : 2009/04/10 18:43   >>

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今日は「聖金曜日」です。聖金曜日というのはイエス・キリストが十字架にかかられた日です。
教会で婦人の方々がイースターのクッキーを手作りしたのですが、それに続いて、DVDで映画「パッション」を見ました。
この映画は、2004年に公開され、キリストが十字架にかけられる前夜から、十字架上で息を引き取った後、3日目の朝に復活する場面までを描いています。俳優メル・ギブソンが私財2500万ドルを投じ、自らが監督となって製作したこと、イエス・キリストをジム・カヴィーゼルが熱演したこと、拷問と十字架刑のシーンがあまりにも残酷なことなどで話題となりました。
十字架刑を含む残酷なシーンは決して誇張ではありません。十字架刑はもっともむごたらしく、苦しみを与えることができ、さらに、さらし者にして民衆に見せつけるための処刑方法です。ローマはこの処刑法を、被支配民の反逆心、反抗心を萎えさせるために、輸入して導入したと言われています。

映画館でロードショーの時にも見ましたが、今回、改めて観て印象に残ったのは、イエスを殺そうと謀略をめぐらした祭司長たちでも、逃げ去り裏切った弟子たちでも、残酷な刑を執行したローマ兵でも、ピラトの弱腰でもなく、フラフラになりがら十字架を担いでよろめくイエスを罵り、嘲る不特定多数の民衆の姿でした。
彼らの心情はおそらくとてつもなく軽いのです。ただその場の雰囲気に流され、日頃の鬱憤をはらすようにして、ただ罵り、わめいているのです。その根底にあるのは、イエスが自分の望む通りの「救い」をしなかったことへの不満。自分の欲しい結果をもたらさなかったことに対する不平です。人々はローマから解放され、自分たちの生活が楽になること、マシになることを望んでいました。
私たちも、イエス・キリストが、神が、自分の欲しい結果や望む解決をくださらないと不平不満を持つのではないでしょうか。その不平不満が、あの民衆の姿そのものなのです。
神は私たちにとって最も必要な救い、それなくしては他の何があっても無に等しい尊い救いを与えてくださいました。それは神との豊かな交わりの回復、過去の過ち、醜い心、汚れ果てた滅ぶべき魂をきよめ、永遠のいのちの希望に入れてくださったのです。罪なき神の御子が罪人そのものとなり、十字架で苦しみ死んでくださった、それほどまでして与えてくださった救いです。でも「その救いではない、私の望むものを与えよ」、神に向かってあーしろ、こーしろという人間の傲慢さ、私の傲慢さが主を十字架につけたのです。
聖金曜日に「パッション」が見られたことは、本当に良いことでした。
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