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zoom RSS 65回目の原爆忌

<<   作成日時 : 2010/08/06 17:58   >>

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テレビで平和記念式典を見た。
テレビの画面には、広島市長をはじめ、被爆者代表、被爆者遺族、政治家、各国の代表者らが次々と映し出されて行く。

65回目の原爆忌である今年は、過去最多の74ヶ国の代表が参列しているという。
今回は国連事務総長、核保有国の米英仏の代表者らが初めて出席した画期的な式典だ。
参加国が74ヶ国の過去最多というのも、今までは米国に遠慮して参加してこなかった国がかなりあったからだ。
だが、オバマ大統領が「核なき世界」を掲げたことで、状況は一変した。

映し出される一人一人の顔を見ながら、出席している人々は今どういう気持だろうかと思った。
米国代表の駐日米国大使は、終始うつむき加減だ。
オバマ大統領の方針が打ち出された当初は、大統領自身の式典への出席も少しは期待されたが、実現しなかった。
だが、それでも毎年、平和記念式典を特別な気持で迎えて来た人たちにとって、原爆を投下した米国が出席したことは、「65年を経て漸く・・・」という感慨深いものがあったに違いない。
65年もかかった小さな一歩だが、たとえわずかであっても前に進んだことのは確かだ。

こうして傍観者のような書き方をしているが、毎年、平和式典が行われるたびに、自分が生まれ、暮らしているこの国に、かつて実際に原爆が落ちたのだというその事実を考えさせられる。
といっても、それは写真や資料、被爆者の体験談などを通して知ったものに過ぎないから、想像にほかならない。そういった意味では、私と第二次世界大戦を体験していない他国の戦後世代とでは、たいした違いはないのかもしれない。
だが、私は世界唯一の被爆国に生まれ、その国民として生きているのだ。
国内を見渡せば、65年前のあの時を、この日本の地で迎え、必死に生きてきた人たちが大勢いる。
原爆投下によって受けた大きな痛手を直接味わった人、家族や友人を通してその苦しみをともに負った人、日本人としてその苦しみを肌で感じ、必死に生きてきた大勢の人々がいる。
そして、その繋がりの中に私もいて、今を生きている・・・。

私は何もできないかもしれないし、原爆の恐ろしさも知識でしか知らないかもしれない。
でも被爆の苦しみを生きた人たちがいる国に生まれ、唯一の被爆国の国民であることは、それだけでも十分に、平和を強く願い、平和のためにできることを考え、祈ることをしなければならない理由のようにも、義務のようにも感じる。



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