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zoom RSS 曾野綾子 「沈黙は金」シスターの教え 

<<   作成日時 : 2010/09/03 18:23   >>

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読売新聞の「時代の証言者」という連載では、今、作家の曾野綾子さんが取り上げられています。
彼女はクリスチャンの作家としても有名です。
プロテスタントのクリスチャン女性作家としては、すでに亡くなられましたが「三浦綾子」さんが有名ですが、カトリックのクリスチャン女性作家というと、「曾野綾子」さんの名前を私は真っ先に思い浮かべます。
お二人とも、ほぼ同時代をクリスチャン女性作家として活躍なさっています。

さて、「時代の証言者」の連載の中で、曾野綾子さんは、聖心女子学院時代に接したシスターのことを書いておられました。そこで、「沈黙」を教えられたそうです。
トイレでおしゃべりするとシスターから「シー!」と怒られる。廊下を歩く時も沈黙、通学の電車の中でも沈黙するように教わった。目的のあるところで、目的以外のことしてはいけない。トイレはおしゃべりするところじゃない。廊下は歩くところでしゃべるところではないと言われたそうです。

その教えの意味するところを曾野綾子さんはこう書いておられます。
「沈黙に耐えられない人間というのはろくなことがない。第一、自分を深く考える時間がない。話すことは、会話の中で相手を見たり、自分の位置を決めたりすること。沈黙は誰と比較するのでもなく、自分はどうなるのか、どうするのかを考える。他人の静寂も侵さない。素晴らしい教育でした。」

今は「沈黙」を教えない。「沈黙」できない人が多い。
携帯電話での通話やメールで、絶えず誰かと会話している。
一人暮らししていても、帰るなりテレビをつける。
それらがすべて悪いというわけではないが、確かに、自分を深く考える時間がないのではないだろうか?

私が、学生時代を過ごした学校は、とかく労働の多い学校だった。
ホウキがけや雑巾がけ、落ち葉集めに、薪割り、穴掘り、何でもあった。
でも私はこの労働の時間が結構好きだった。
上級生になった時、標語を書く学校の黒板に、「労働は静思の時」と書いた。
黙って労働しよう、労働の時こそ、自分を深く考える思索の時だからと訴えた。
今でも懐かしい、母校の労働の時間。
黙々と労働しながら小さな頭、小さな世界でいろいろなことを考えた。

黙って考える時、人は生きる目的とか、意味とか、どう生きるか。
幸せとは何か、自分はどうなりたいのか、考えると思う。
そういった問いは、必ず人を謙遜にするのではないかと思う。

宇宙旅行だってできる今の時代は、私たち人間にできないことは何もないように勘違いさせる。
だけど、その反面、私たちは生かされて過ぎない小さな存在だ。
できないこともたくさんある。思い通りにならないこともたくさんある。
だからこそ、沈黙の中で謙遜になり、生かされているに過ぎないことを、あらためて確認して生きていく必要があるんじゃないだろうか。
そして、最もよい沈黙と謙遜は、祈りの中にこそあるのだと思う。

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