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zoom RSS 被災地。もし、現地に立ったならば…

<<   作成日時 : 2011/03/16 21:39   >>

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東北地方を襲った大地震は、その直後に押し寄せた大津波によって被害が拡大した。
なにもかも押し流されて破壊し尽くされた被災地の姿が連日、テレビで報じられている。
その風景を見て、阪神大震災の時のことを繰り返し思い出す。

あの時も、私は東京にいて、新聞、テレビなどで報じられる被災地の姿を見ていた。
神戸には祖父母が、大阪には家族が住んでいた。
祖父母も家族も無事だという連絡がとれ、震災の約一ヶ月後、私は被災地を訪れた。
その時の衝撃はすさまじかった。
すでに一ヶ月がたち、震災直後に比べれば道路などの交通網も回復していた。
しかし、ブラウン管や紙面の写真を通して見るのと実際にそこに立つのとでは、当たり前だが全く違ったのだ。

おそらくこの東北地方の被災地もそうだろう。
テレビや紙面で見るのでは、被災地の寒さも殺伐とした荒れ野のような痛みも、本当にはわからない。
東京でも毎日のように余震を感じるし、放射能線もれの不安が頭をよぎる。
でもその何倍も何十倍も、何百倍も、被災地の人々は味わっているのだ。
だから、春が消えたような寒さも、交通網のストップする不便さも、品薄で必要なものが手に入らない心細さも、停電の不自由さも、被災地の人はこの何倍も味わっているのだと言い聞かせている。

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