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zoom RSS 曽野綾子「人間は…今手にしているわずかな幸福を発見して喜ぶことは意外と上手ではない」

<<   作成日時 : 2011/04/01 18:08   >>

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今日、ある方が産経新聞のオピニオン『正論』をFAXで送ってきてくださいました。
掲載されていたのは、作家の曽野綾子さんの文章です。

曽野綾子さんは今回の大震災の被害を踏まえた上で、新約聖書のパウロの言葉、「喜べ!」について次のように語っておられました。
以下、抜粋です。
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私たちの日常には『喜べ!』と命令されることはない。
感情は具体的な行動と違って、外から受ける命令の範疇外のことだからだ。
だからそれは、人間が命令されれば心から喜ぶことを期待しているのではないだろう。
喜ぶべき面を理性で見いだすのが、人間の悲痛な義務だということなのだ。

人間は嘆き、悲しみ、怒ることには天賦の才能が与えられている。
しかし今手にしているわずかな幸福を発見して喜ぶことは意外と上手ではないのである。

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新約聖書のパウロの言葉には、「喜びなさい」という言葉が何度も出てきます。

「いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。」ピリピ人への手紙4章4節

「終わりに、兄弟たち。喜びなさい。完全な者になりなさい。慰めを受けなさい。一つ心になりなさい。平和を保ちなさい。そうすれば、愛と平和の神はあなたがたとともにいてくださいます。」コリント人への手紙第二13章11節

「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。」テサロニケ人への手紙第一5章17〜18節


確かに、私たちは嘆いたり、悲しんだり、怒ることは得意です。でも喜ぶべきことを見いだすのには、鈍いですね。
わずかな幸せ、身近な幸せを発見することにもっと上手になりたいです。
これって、メーテルリンクの「青い鳥」にも通じることですね。

今、教会の周りでは春の訪れが見られます。
春を一つ一つ見つけることも、一つの喜びです。

大変な中にある被災地の方々も、たとえわずかであっても、小さなものであっても、毎日喜びが見出せますように。

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