新聞に掲載されていたある主婦の投書
14日の新聞の投書欄は特集「戦争」でした。
そこに58歳の主婦の投書が掲載されていました。
95歳の父の胸には傷跡があり、すでに13年前に他界した母にも同じ場所に傷跡があったそうです。
旧満州で終戦を迎え、敵に殺されるよりも家族で自ら命を絶つことを選び、互いの胸をハサミで刺した傷跡です。
心臓を外れたために命拾いしましたが、両親が生きていなかったら自分も兄も甥や姪も、その子供も存在していなかったと綴られていました。
大勢の命を奪い、夫婦がお互いの胸を刺さなければならなかった「戦争」。
その戦争を生き延びた「家族」によって紡がれている「いのち」。
だが、終戦から65年を経た日本では今、子供が親によって死に至るまで虐待され、安否の分からない高齢者が相次いで家族の絆は薄れたのではないかといわれています。
一体、いのちとは何なのか、家族とは何なのか。
爆撃機の轟音も、ひもじい思いもなくなったけれども、日本は本当に平和になったのだろうか。
明日の終戦記念日を前にして考えずにはおられない。
そこに58歳の主婦の投書が掲載されていました。
95歳の父の胸には傷跡があり、すでに13年前に他界した母にも同じ場所に傷跡があったそうです。
旧満州で終戦を迎え、敵に殺されるよりも家族で自ら命を絶つことを選び、互いの胸をハサミで刺した傷跡です。
心臓を外れたために命拾いしましたが、両親が生きていなかったら自分も兄も甥や姪も、その子供も存在していなかったと綴られていました。
大勢の命を奪い、夫婦がお互いの胸を刺さなければならなかった「戦争」。
その戦争を生き延びた「家族」によって紡がれている「いのち」。
だが、終戦から65年を経た日本では今、子供が親によって死に至るまで虐待され、安否の分からない高齢者が相次いで家族の絆は薄れたのではないかといわれています。
一体、いのちとは何なのか、家族とは何なのか。
爆撃機の轟音も、ひもじい思いもなくなったけれども、日本は本当に平和になったのだろうか。
明日の終戦記念日を前にして考えずにはおられない。
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